何もかもが手作り
お寺の和尚さんは自分たちで呼ぶ。仏壇の特別な飾り方は、そういうことに詳しい近所の人に尋ねる。メインの御膳やオードブルなどは業者さんに注文するが、墓地に納骨に行っている間のセッティングの変更(法事から会食へ。おはぎやお茶を作って下さったりといったことも当然含む)は近所の方々がやって下さる。 そんな、都会なら(僕がやったならば?)全部「セレモニー××社」さんにセットでお願いしてしまいそうなことを手作りで行う。それが、9日に父の実家でやった、母の納骨の儀式だった。集まったのは、母の親族、父の親族、両方の友人などなど、計三十数名。 納骨それ自体は昼間だったが、宴は延々夜まで続いた。 翌日、両親の友人のUさんの運転で、母が終戦直後に住んでいた部落に連れて行ってもらった。写真に写っている建物がこの地区の公民館で、ここの隣が外地から引き揚げてきたばかりの母の住みかだったそうだ。僕ら兄弟は、小学生の頃自転車を借りて父の家からここまで山を越えてきたらしい。何らかの方法で来たことまでは憶えているが、自転車かどうかまでは記憶になかった。 夜、北川景子さん主演のテレビドラマ「筆談ホステス」を観た。実在の主人公・里恵が夜の仕事をすることに賛成していなかった母親(田中好子)は、里恵が銀座の店のno. 1ホステスになり、「お母さんがなれって言ってた『一番』になれたよ、ありがとう」と告げるに至り、ようやく心を開く。その姿が、僕がやるいろいろなことに文句は言いながら、最後には結局喜んでくれた僕の母とだぶってしまった。 今日先ほど、宮崎からSNA機で帰宅した。改めて思う、近い場所やとはとても言われへんけど、次は今年の夏の一周忌、また行くんやろなあ。
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