15年

 今年も、「この日」が巡ってきた。15年前のその日が僕にとってこんな感じだったことは、既に書いた。 あの街、あの付近にゆかりがありながらも、当日じかにそれを経験していない僕は、あちらの方面に足を運ぶたびに、それをいちいち意識する。例えば、電車の窓から見える建物たち、それなりに年数を重ねていそうなものには「ああ、あれは潰れへんかってんな」などと妙に愛おしく感じ、新しめの家ばかりが並ぶ一角を見ては、その日の直後の状況を想像する。 勝手なものだ。15年も経てば、別に焼けたわけでなくても新しいものは建つだろうし、またその地域に住んでいる人たちは、当たり前やけど、毎日それについて考えて生きているはずなんかないのに。 とは言ってもこの地方では、何人もの人たちがやはりそれを考え続け、問い続けていて、今日の前後にあの日を省みる催しを行うようだ。そればかりか、実はそこに縁もゆかりもない人が、たまたま現地近くの放送局で直前にラジオで番組を演っていて、燃えさかる炎を見ながら空港から東へ飛び立ってしまったので、「自分は何もせずに逃げたのかも知れない」という思いの末に、この時期に、毎年のように放送でその出来事を振り返っているらしい(ニッポン放送のサイトに、ちょうど1年前の記述を見つけた)。 阪神・淡路大震災から15年が過ぎた。僕の心の中で風化させようにもさせられない記憶だ。亡くなられた数千人の皆さんのご冥福を改めてお祈りすると同時に、今なお復興への努力を続けておられる方々に、心から励ましの言葉をお送りしたい。

千兵衛の "「居場所カレー屋」まで、HALF A MILE AWAY"

「昼ごはん時はカレー屋さん、午後は若い子たちの居場所にして、晩ごはんの時間にはまたカレー屋に戻る……」そんなお店を将来やることだけは決めた。ただ、カレーを作るのと人と話すのは好きやし今までやり倒してきたけど、店を経営したことがあるわけじゃなし、皆さん、知恵と力を貸して下さーい!というサイト。踊ったり遊んだり、毎日の生活満載の Instagram, Facebook やブログのリンクも貼っています!

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