悲しみのない自由な空へ
えっちゃんの選んだ助産院は、偶然にも僕の新しい勤め先のすぐ近く、歩いて10分しない場所にある。しかも僕と同期入職のKさんは、何人目だかのお子さんをまさにそのN助産院で出産なさったとのことで、「あそこって、歌いながら産むんですよ。私なんか、『グリン、グリーン』ってずっとやりながらいきんでましたもん」と、何だか想像もつかない雰囲気……。 その週の初め、雨の29日には「おしるし」があったと彼女のブログに書き込みが……さあ、いよいよかと身構えたけど月・火・水と何事も起こらない。 ところが2日に事態は急展開! 11時過ぎには3~5分間隔の本格的な陣痛が始まり、14:30に助産院に到着、17時に分娩室入り。 ちょうどこの頃僕は仕事を終え、「さて、どないなったかいなー」と携帯電話を取り出しメールをチェックする。友子は午後半日休みを取って既に仕事場から駆けつけているが、実はこの期に及んで「産まれそうだから、あなたと行くはずだったパシフィコ横浜のアペリティフ・パーティ、誰か私の代わりに行ってくれる人いないかしら?」なんて書いてある。そんな、僕もえっちゃんと赤ん坊ほっといて、のんびりワインやカクテルもおますかいな。僕はいつもは駅に向かって門を出て右に向かう道を、その日だけは左へ歩く。 住宅街の中に建つN助産院。「お父さまですか? あ、お爺さま?」「いえ、いま中にいる妊婦の母親の今の夫です」とか何とか、まあ今ではありがちかも知れない問答の末に、診察室の椅子で待つように指示される。彼女の歌は「翼をください」だった。 このおーぞらに、つばさをひろげ、とんで、ゆきたーいー、よ、よ、よ、よ かなしみのない、じゆうなそらへ、つばさ、はためーかーせー、ゆ、ゆ、ゆ、ゆきたいー どうやら、「よ」とか「ゆ」で、お腹にうまく力を入れようという考え方のようだ。助産師さんとえっちゃん本人の歌を聴き続けること延々1時間以上。えー加減疲れてきたので手持ちの文庫本を読み始めたが、あかん、やめや、全く物語が頭に入って来ん。 更に所在なげにうろうろすること20分余り、ようやく歌声は止み、それに代わって安堵の笑い声と、それに続いてえっちゃんと友子の涙声が聞こえてきた。午後6時30分、女の子誕生。 3つ前の書き込みに載せた写真の中央に見えている扉の奥が分娩室、そして2つ前の書き込みがユウちゃんの記念すべきネット初登場の写真である(あ、でもあんまり顔がよく写ってないですね)。 悲しみのない自由な空へ……本当に素敵な歌詞に伴われて、本当に素敵な人たちに支えられて産まれてきたユウちゃん、この世界にようこそ。(結局産まれるまでのことを書いていると長くなってしまったので、「20年計画」についてはもう1回あとに書きます)
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