2010、スピリッツイヤー(2)結婚、80年代、そしてダンス
30過ぎ、結婚直前の僕のバイブル的作品は、星里もちる「結婚しようよ」だ。 学生時代のバンド仲間であり恋人同士の早苗と雅寿は、楽器メーカーの「アゲハ」に揃って就職するが、世は多角経営の時代、なんと新規事業のブライダル部門に2人とも配属される。否応なく「結婚」の現実を見せつけられ戸惑い、別れと後悔を経て再び結びつく2人。離れたりくっついたりのくだりはちょっと小難しかったが、「2人で作っていく関係」をクールに描いているという点で、秀逸だった。 五代の歳も、耕平たちの年齢も、早苗と雅寿夫婦のそれもとっくに追い越し三十路も後半だっただろうか、連載時期に多少のずれはあるかも知れないが周防瞭+盛田賢司「ブルーダー」(1999)、青山広美「ダイヤモンド」(98-99? 2000?)、浦沢直樹 "Happy!" (94-99)などが載っていた時期が、僕にとってこの雑誌の1つの黄金時代だ。毎週毎週次の号が出るのが待ち遠しくてしかたがなかった。 この頃よりあとの作品になるが、特に思い出深いのは、安童夕馬+大石知征「東京エイティーズ」だ。主人公の会社員・真壁純平は、学生時代の仲間の死の知らせをもらったことを機に、古い友人たちと会ったり、今の自分を改めて見つめたりする。彼は結局今の妻と別れ、大学生の頃付き合っていた「愛ちゃん」とやり直す決心をする。 彼らの「現在」と「20年前の回想シーン」とがサンドウィッチで繰り返される展開がとてもロマンティックだったこの作品、六本木「ナバーナ」をはじめ、おそらくかなりの人数の同世代の男女たちが頷いてしまうであろう当時の風俗(僕にとっての梅田「ラジオシティ」や阪急東通「フォーカルポイント」?)が散りばめられたその構成は、否応なしに80年代ディスコ・ボーイズの心をくすぐった。 その「回想」で、愛はめっちゃ可愛い女の子として登場するので、当然僕ら読者は「今の愛ちゃんはどんなに素敵になってるんやろ?」と興味をかき立てられる。ところがなんと、期待させておきながら、遂に「今の愛ちゃん」は、口元より下しか登場せずに最終回を迎えるのである。いんやー、なんという、ありえなーい演出。 「今の純平がモテる」のは、男性誌ならではの都合のよい設定だった。社内では目立たない存在だが秘かに付き合っている美人の部下はちゃんといて、それでいて妻との間に子どもがいないという意味で「背負うもの」がない。このマンガは好きだったが、どうもこの点だけは気に入らなかった。 そして、今一番好きなのが、2000年に始まり、2002年に一旦休載し、途中5年もの休載を経て遂に2007年に復活した曽田正人「昴」(復活後の第2部の正式題名は「Moon -昴 ソリチュード・スタンディング-」)だ。 小学生の女の子、宮本すばるは、不治の病に冒され動けなくなった双子の弟・和馬の病室を訪れ、その日学校で起こった出来事を毎日踊りで表現するという習慣から、驚異的なバレエの実力を身につける。あまりに弟の方を気遣いすぎる両親に腹を立て、「かずまなんかいなくなればいいんだっ!」と言い捨ててすばるが病室を飛び出した翌日に、和馬は世を去る。心の傷を負ったすばるを迎えたのは、ゲイのダンサーが夜な夜な踊りを披露する場末のキャバレーだった。実はかつて有名なバレリーナだった、そこのダンス・ミストレスの「おばちゃん」らに育てられ、やがてすばるはローザンヌで大賞を獲るまでの踊り手になる。 こうやって書くと、結構美しいスポ根的バレエ・マンガに聞こえるかも知れないが、実はすばるはひねくれまくっているし、誰にも心開けへんし、むちゃくちゃやりよるし、とんでもない主人公だ。その中に舞台や踊りそれ自体にかける思いが挟み込まれるという、ダンサーとしては堪えられない構成なのだ。 そして今、すばるはようやく、ドイツのカンパニーでニコ・アスマーという盲目のペアを得て、ますますそのダンス技術とおかしさに磨きをかけ、今後に期待をさせる。 30年間、僕の生活の様々な局面を彩ってきた「ビッグコミックスピリッツ」、さて今後はどうなるのか? 対象としてはそろそろ「ビッグコミック」か「……オリジナル」に移行する年齢にさしかかるかも知れない僕だが、まだまだ「スピリッツ世代」であり続けたいのが、僕の本音だ。
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