現代版『風が吹けば、桶屋が儲かる』
地震から、ちょうど4週間が過ぎた。夢のような4週間だった。☆励ましの範囲 16年前の「阪神・淡路」のときに、被災地球団オリックス・ブルーウェーブが袖に縫い込んだスローガンは「がんばろうKOBE」だった。今回は、「がんばろう日本」或いは「がんばろう東日本」という言い方が早くからされていたことを感じる。一地域への励ましではなくて、広い場所へ向けての呼びかけだ。 それほど今度の震災では、被害が広範囲にわたっているのだ。お亡くなりになった人だけ考えても、北は北海道から、南は神奈川県にまで及ぶ。余震、停電、電車のダイヤの乱れ、商品の不足、放射線……と、地震が元になっている不安の種類が多く、長期間であるという点では、関東に住む僕たちも「被災者」なのだ。スポーツや文化的な催しの中止や延期も「被害」と考えるなら、ほとんど日本全国が被災地域ということになる。政府が今回の震災に、地域の名前を入れずザックリと「東日本大震災」と命名したのも、理解できる気がする。☆永遠の「ヤシマ」 3月末頃から、気候が暖かくなってきたのと、発電所の発電能力が回復してきたのとが相まって、東京電力管内の計画停電が全く行われていない。それと時を同じくして、各電鉄会社や店舗営業のスケジュールも徐々に元通りになりつつあって、僕たちは少しホッとしている。いわゆる「ヤシマ作戦」が実を結んだわけだが、一方これから暑い夏に向かって、僕たちはもう一度「本当にふさわしいエネルギーの使い方って何なんや?」と考えなければならない。 昨夜東京から帰ってくるときに使った東急田園都市線の電車では、空調機が回っていた。エアコンのスイッチまで入っていたのか、送風運転だけだったのかはわからない。ただ、どっちだったにしても、もう喉元過ぎて熱さ忘れたのかよ、と思った。 僕はよく、本気半分・冗談半分で、「なんで、クソ暑いときに暑いときなりの格好してない奴に合わせて、エアコンかけんといかんねん?」とぼやいている。去年の夏まではこういう発言はあまり力を持たなかったが、今、まさに必要なのはこの考え方ではないのか。 暑ければ1枚脱げばいい、窓は開くのだから開ければいい。窓から雨が入ってきそうな日に初めてエアコンは使うべきだ。 手を出すだけで水を出してくれる蛇口、本当に買いに来る人がいるかどうか疑わしいのに真夜中まで開いているコンビニエンス・ストア、階段を歩いて上り下りできるのにそれをせずに、わざわざ資源を使って機械で上げ下げしてもらう人……「便利な生活」は、とても弱っちい土台の上に載っかっていたことを僕たちは知った。牛乳を飲めなくなってまで、卵の不足に悩んでまで、好きなスポーツが観られなくなってまで、僕たちはそういう生活を選び取るのか。 水力・火力の発電にも問題点はいくつもあり、それらも冷静に検討することは大切だ。しかし少なくとも、ダムを作った川で何か有害物質が半分に減るのに何百年もかかったとか、火力発電所の事故でそこから何十キロもの範囲の住民が何か月も避難せねばならなかったとかいう話は、僕は聞いたことがない。 例えば、この夏のある1日に僕の勤務先でエアコンを使えば、数年後にプロ野球の開幕が延期されるかも知れない……それが決して突飛な結びつけ方ではないことに、「ヤシマ」は永久に続ける作戦だということに、みんな、気づこう。 地震から、ちょうど4週間が過ぎた。夢のような4週間だった。いや、未だに夢の中にいる、と言った方が相応しいかも知れない。※ヤシマ作戦=アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」で全日本の電力をかき集めて使徒ラミエルを倒した作戦の名前から、今回の節電運動がこう呼ばれるようになった。
0コメント